

1959年9月18日京都府京都市生まれ 乙女座 AB型
嵯峨小学校、嵯峨中学校、北嵯峨高校、近畿大学へ進む。大学卒業後、北九州での3年の修行期間を経て着物業界へ入る。34歳の時に先代の後を継いで社長就任。新たに和文化開発事業部を立ち上げ、現代の和文化創造を実践。趣味はゴルフ、スキーなど
インタビュー / 2011年8月30日 岩田呉服店本社5Fにて
インタビュアー / ASSIST
まだまだ夏の暑さも厳しい8月終わりの午前10時、社長へのインタビューが始まりました。
(岩田社長/以下(岩))(アシスト/以下(ア))
(ア)幼年期はどんな子どもでしたか?
(岩)たぶん「やんちゃ」でしたね。同窓会でもやはりそういわれます。(笑)チャンバラ、お医者さんごっこ(笑)、いろいろしていたと思います。その頃の自宅は、商店街区であり、ものがあれば何でも売れるといった活気のある時代でしたね。従業員が休憩をとるための口実に、「子守り」と称して私を路面電車に乗せたりしていたようです。(笑)そんなゆったりとして、また活気のある環境の中で育ちました。中央市場が自宅の近くにあるため人の行き来がかなり激しい、いわゆる下町環境で幼年期を過ごしました。
(ア)社長は、この業界で生きていこうと決意されたのはいつ頃ですか?
(岩)大学を卒業した時、親の敷いたレールに乗っかってみようと思いました。社会に出て最初の3年間、北九州の呉服店へ着物の修行に出ました。そこで着物の仕事の楽しさを知り、また社会人として一緒に働く楽しさが遅ればせながらやっと実感できて、「これかな」と感じ、導いてもらったレールは結果的に私にとっては一番よかったのかなと思います。
(ア)迷いはありませんでしたか。
(岩)その頃はもうありませんでしたが、大学時代には、ミュージシャンになろうか(笑)、その当時凝っていたスキーのインストラクターであったり、他の道も考えなくはありませんでした。今思えば小さい頃から3代目を期待される環境の中、ある意味ストレスにもなっていましたが、大学4年間は自由にさせてもらい、いろんな考え方の人がいるということを知り、その中で自分はどうしようと考える期間だったのかと思います。
(ア)社長になられたのは何歳の頃ですか?
(岩)前社長は60歳で身を引くと決めていたため、32歳の時に副社長、34歳の時に社長の肩書きを持ちました。
(ア)ご自身が社長就任後に変わったと思われること、意識して変えられたことはございますか?
(岩)大きな転機となったのは、社長となり他の会社の社長や、将来経営者になる人たちとの交流会で、自分のいわゆる「ぼんぼんさ加減」を知りました。「肩書きだけを持ちながら何も出来ない人間」という厳しい指摘をして頂いた人と出会ういい機会にもなりました。「自分そのものが成長しないとまわりも絶対成長しない」ということを気付かされた時期でもあり、そこから行動が変わりました。今ある会社の器だけでは満足出来ない、将来こんなことをしていたいと思う時期もありました。また自分の周りの人たちを上手に伸ばしていくという使命感を感じ、どういう風な活躍の場があるか、会社側から生み出してあげられるだろうか、ということを考えるようになりました。また、お客さんの声を聞くということを大切にし、従来の形にとらわれない、もっと敷居の低い親しまれる新しいスタイルの「着物屋」を目指すことを考えるようになりました。
(ア)「着物離れ」といわれて久しい中で、あえてそのまっただ中で勝負されているわけですが、そのことを肌で感じることはございますか。
(岩)もうひしひし感じますよ。もちろん業績に対する危機感はあります。また、着物に携わっている業界の人たち自身も、着物は特別な場合に着る物という認識が強く、「着物を着る機会が少なくなってしまっている」といった話しを良く聞き、気になっています。着物は本来日本の「着る物」であるはずです。日本人の心の中には、どんな現代的な暮らしをしていても、心の中に凛とした和の心をどこかに持っています。そんな中で、本当に自然発生的に着物を「すっ」ときたくなるような、そんな感覚を創り出せたらと思います。
(ア)岩田呉服店では「呉服事業部」と「和文化開発事業部」という部所がございますが、そこではどの様な考え方で、どのような展開をされているのでしょうか?
(岩)「呉服事業部」は、文字通り本来の着物文化のさらに奥深いところまでいってみようとする事業体です。また「和文化開発事業部」という事業体は、着物だけにとらわれない、広い意味での和の文化性のある物をどういうスタイルで今、発信できるのかをチャレンジしていく事業体です。それは伝統的な日本の暮らしだけではなく、現代の私たちの暮らしの中から生まれている習慣も含め、日本人が心地よく自然に感じる和の暮らしを考えた場合、我々の会社がどういったものを提供できるのかを実践していく事業体です。
(ア)今後新たに展開をお考えのアイデアはございますか?
(岩)現在「呉服事業部」と「和文化開発事業部」という2つの部門がありますが、今後はいろいろな可能性に挑戦し、将来5つの部門を会社としては求めていきたいと考えています。「和の文化創造提供」というスタンスの中で何が作り出せるだろうかということが、我々の会社のテーマだと考えます。その可能性は「食」であったり「住」であったり、また「美容」であったり様々で、それぞれ心地よい和の世界があります。また「教育」という分野に広がることもあるかもしれません。それぞれの異業種のプロフェッショナルとのコラボレーションにより、なにか面白い物が生まれてくるのではないかということに広く可能性を求め、着物以外のものでも、お客様になにか心地の良い物が提供できないかということを、色々な人の力を借りて実現していきたいと考えています。
(ア)和文化の街「京都」という地で、またその真ん中で和文化をビジネスとして扱われている岩田呉服店のミッションと考えられていることはどんなことでしょうか?
(岩)かっこよくいうと「京都発」ということをテーマに新しいものを生み出そうとしている会社のスタンスがあります。我々の会社は77年を積み重ねていますが、京都には100年を越えるような老舗中の老舗がたくさんあります。そういう意味でも我々の会社は老舗意識はありませんし、まだその分自由に発信するフットワークの軽さもあります。いつになるかは分かりませんが、関西だけではなく、東日本、さらには世界に拠点を持ち、親しみやすく優れた日本の文化が発信できたらという夢はあります。
(ア)社長は3代目として、幼い頃から将来の社長としての教育受けられ、多くのことを受け継がれていると思いますが、先代、先先代から教わったことで特に印象的なことを教えて下さい。
(岩)「現場主義」ということでしょうか、先代からは「自分から動く」ということをその姿を見て教わりました。先代のその行動力にはすごく尊敬できる部分がありました。また、日々の暮らしはいつも質素にし「ありがたい」という感謝の気持ちを常につ強く持ち続け、問屋さんに対しても「分けていただいている」という気持ちを大切にする事を学びました。
(ア)3.11以降、日本は大きく変わり、これからも変わり続けると思いますが、日本人はどう生きるべきとお考えですか?
(岩)非常時にも関わらず日本人がとった冷静な態度、秩序正しさが海外に広く報道されたことは大変嬉しく思います。日本に住む人たちが、長い歴史のなかで培ってきた文化の中から生まれてきた行動というものは世界に誇れる文化だと思います。日本文化の礼儀、しきたり、お辞儀ひとつからそれぞれに意味があります。どんなに暮らしが変わっても敬う心、謙る心、親のしつけだけでなく私たちは無意識の中に和の心を強く受け継いでいくのではないでしょうか。
(ア)1000年後、日本という国がまだあるなら、「着物の文化」は存在していると思われますか?
(岩)あるでしょうね。形はかわってるかもしれませんが。
(ア)その根拠はなんですか?
(岩)やはり文化のひとつだからでしょうね。日本人が存在するなら着物はあると思います。そこまで着物にこだわってはいませんが(笑)普通に機能できる着物かもしれませんね。
(ア)10 年あるいは20 年後、どのような会社になっていきたいとお考えですか?
(岩)5つの柱(事業)がしっかりと自立している状態が望ましいです。お客様の環境もどんどん変わっていく中で、その環境に適応しつつ、会社の事業そのものも常に変化させ、また新しい事業も生まれてくるといったパワーのある会社でありつづけたいと思います。
(ア)いま20歳に戻るとしたら、やはり岩田呉服店の社長になられますか?それとも別の人生を歩まれますか?
(岩)いやぁ、岩田呉服店の社長にはなってないかな(笑)同じことをするより違うことをやってる姿があっても良いかなと思います。
(ア)社員の方々に今、言っておきたいこととがありますか。
(岩)みんなには素晴らしい個性がそれぞれいっぱいあって、会社はそれをとても重要な事だと思っています。大切なのは、その個性を充分に発揮出来る場所、個性を生かしてあげられる環境というものを会社が作ることだと思っています。どうしたら全ての人(社員)がその個性を発揮できるのか、仕事として、また社会に役立つという意味でも発揮してもらえるかを常に考えています。
(ア)最後に、企業のトップとして、大切に考えられていることを教えて下さい。
(岩)(会社が)続いていくことでしょうか。「継続は力なり」ということだと思います。次にどうバトンを渡していくかが、すごく大きなテーマになっています。どうしたらこの会社を、未来に向かって存続、発展させてでいけるか。形はどんどん変わっていくと思いますが、将来どんな姿になっているかわかりませんが、やはり会社が続いていくことを大切に考えています。
インタビューを終えて
加速する縮小経済の中、また「着物離れ」といわれる現実の中、岩田呉服店は確実に新しい活路を見いだし、更に新しい事業を模索し、生き抜いてゆこうとする力強さを感じました。その反面、社長を含め社員の皆様が昔ながらの質朴さと、謙虚さを持ち合わせ、大変暖かい印象を受けました。また従業員の入れ替わりは少ないとも聞きました。この会社の社風そのものが、誰もが模索するオンリーワンであり、受け容れられる強みとなっているのだと強く感じました。お話を伺って再認識させられた事は、実は伝統あるお仕事ほど、新しい文化に敏感でなくてはならなく、深く時代を読む、「最先端」を走るお仕事であると感じました。
社長に見送られ、残暑厳しい8月のお昼間近くに、何か元気の出る物を頂いたようで、すがすがしい気持ちで店を後にしました。
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